徒然なるまま創作記録

やりたいこと、やっていることを書いていくブログです

【朗読台本】終バス

一日三本程度のバスしかこない田舎のバス停に僕は佇んでいた。

腕時計の針は夕方5時丁度を指していた。

最終バスが行ってしまってからもう30分が過ぎていた。

最寄りの駅まで歩いて行こうにも山道を越える必要があり、

タクシーを呼ぼうにも、電波が届いていない。

先ほどまでお邪魔させて頂いたお宅もここから2キロ以上ある。

どうしてこんなところに来なければならなかったのか。

 

ことの始まりは今朝、某動物園で人気の仲良し夫婦の猿が亡くなってしまった

ニュースを見ながら朝食をとっていると、突然部長から電話がかかってきた。

会社に届いた1件のクレーム。

そのクレーム対応で直接菓子折りを持って謝罪に行くように命じられたのだ。

部長は大事な会議があって行けないから言ってこいとのこと。

平社員に命じることではないと思う。

 

しかし、そのお宅に謝罪に行ったところ、家主のお婆さんはとても陽気な人で

とてもクレームを入れそうな人には見えなかった。

お婆さんの入れるお茶を頂いているうちに時間は過ぎ、

終バスを逃してしまったのだった。

人の好意を無碍にできない性格が災いしてしまった。

お婆さんは「夜は危ないから泊まっていき」とも言ってくれたが、流石に事を部長に

報告する必要もあるため、お暇させて頂いた。

 

バス停に備え付けの椅子にどしんと腰を落とす。

橙色の空の奥の方から紫色の空が迫ってきていた。

この時期の日暮れは早く、気温もどんどん下がって行く。

歩き疲れ、もう一歩も歩きたく無い状態。

「腹減った、せめて車が通ればヒッチハイクとかもできるのに」

そう呟いた時、遠くから微かにエンジン音のようなものが聴こえるのを感じた。

「まさか、なんてツイてるんだ!」

音が近づくにつれてヘッドランプに照らされた車体が姿を現しはじめる。

「バス!?こんな時間に?」

現れたのはまさかのバスだった。

バスはバス停に近づくとスピードを落とし、停車した。

僕を招き入れるように後ろの扉を開けた。

「終バスはもう終わったんじゃ。。いや臨時のバスかもしれない。これに乗ろう」

バスの時刻表が間違っていただけなのかもしれない。

そう思い込んで、僕はバスに乗った。

 

バスの中は異様な光景だった。

優先席には猿の夫婦らしき老猿が二匹、

後部座席にはスーツをきたサイ、

その横にはアザラシの親子、

前方の座席にはどこかのお菓子のパッケージで見たような

キリンがつり革に捕まっていた。

運転手はゴリラだった。

 

僕は夢を見ているのか、それとも気が狂ってしまったのか。

なんだこの動物園のような奇怪なバスは。

 

「発車します」

 

ゴリラの運転手の声は思った以上に普通のバスの運転手の声だった。

そして、僕が降りる間も無く扉は閉まり、バスは出発してしまった。

明らかに普通ではないこのバス、一体どこへ向かうというのか。

いや、どこだろうとこのバスは普通ではない、

今以上に知らない場所に送られてしまうかも知れない。次の駅で降りよう。

 

ふと携帯を見ると電波が入っていることに気づいた。

先程のバス停では電波は全く入っていなかったのに。

私は慌てて部長に電話をかけようとしたところ、

部長からSMSのメッセージが届いていた。

 

「何か事故にあったか?無断欠勤なんてことはないと思うが」

 

無断欠勤?何を言っているんだ?僕は部長の命令でこんな田舎に来ているのに。

僕は急いで部長に電話をかけた。バスの中だが構わん。

 

「あ、もしもし、お疲れ様です。部長ですか?」

「おい、大丈夫か?事故か?寝坊か?」

「何を言っているんですか。

 部長が今朝クレーム処理で田舎の一軒家に謝罪に行ってこいって言ったんでしょう?」

「何を言ってるんだ?俺はそんな指示はしていないぞ」

は?・・・言葉を失う。それと同時にザザ・・・とノイズが走る。

「もしもし?」

おおきくなるノイズに部長の声はかき消され何を言っているのか聞き取れなかった。

「もしもし!?」

ツー、ツー

切れた。

部長は、冗談を言っているのか・・・?僕が誰かからの電話を勘違いしたのか?

不可解なことばかりだ。

 

「次はーエンジンノイエ、エンジンノイエ」

 

ブー

 

ブザーがなった。エンジンノイエ?聞いたこのない駅だ。

僕が行きに乗ったバスでもそんな駅は通らなかった気がする。

いや、でも今のうちに降りないといけない。このバスに乗っては行けない気がする。

 

バス停がエンジンノイエという駅に着くと優先席に座っていた老猿夫婦が席を立ち、

バスを降りて行った。僕もそれに続いて降りようとすると

「人間さん、ここはエンジンノイエだ。あなたの降りる場所じゃない」

と運転手に止められた。

「いえ、僕はここで降りなきゃいけないんです」

「では、お金はおもちですか?」

「お金?いくら?」

「いくら?おもちじゃないんですか。それならおろせません」

「いえ、持っています。いくらですか?」

僕は慌てて小銭入れを出し、運転手に中身を見せる。

運転手は小銭入れから一枚100円硬貨を取り出し眺める。

「おもちじゃないですね。お席にお戻り下さい」

そう言って運転手はそれ以上取り合わず、扉を閉め出発してしまった。

 

どういうことだ?お金はちゃんと持っているぞ。これでは足りないと言うことか?

それとも、ここでは円が使えないのか。

確かに周りの人たちも明らかに人間ではない何かだ。円が使えない可能性もある。

僕は周りの動物たちが見ている中、大人しく席についた。

外の景色を眺めたが真っ暗で何も見えなかった。街頭一つすら。

本当に地面を走っているのかさえ分からない程の暗闇だった。

 

「君の降りる駅はヒトマノスミカだよ」

僕の後ろの席から声がした。

スーツを着たサイだった。でかい図体からは考えられないほど優しく紳士的な声だった。

「ヒトマノスミカ?」

「そう、ヒトマノスミカ。人間はみんなそこへ行く。そこの路線図を見てごらん。

 あと何駅で着くかは分かるよ」

指をさされた先、バスの入り口の天井部分に書かれている路線図を僕は見た。

「ウツシヨミサキ→ハザマグチ→エンジンノイエ→

 サイノクニ→ウミヒョウダニ→クビナガヤシキ→ヒトマノスミカ」

「終点だ」

「乗客によっては駅は変わるけど、人間の駅はいつも最後だよ」

 

「次は、サイノクニーサイノクニー、お降りのサイはお近くのブザーでお知らせ下さい」

「おっと、君はこのブザーを押してはいけないよ」

そう言ってサイはブザーを押した。

「君は人間だからね」

僕が疑問を投げかける前にサイは僕に言った。

「僕が押すとどうなっちゃうんですか?」

「“お降りのサイ”。サイじゃない人が押したらサイになって

 この駅で降りなければならない。

    その先の事は私にもわからない」

そう言ってサイは席を立ち、僕に一礼してバスを降りて行った。

 

降り際(ぎわ)ではなく、お降りのサイ・・動物の・・サイ・・・。

そして、人間は必ずヒトマノスミカという駅に降りなければならないのか。

よくよく見ると今彼の降りたサイノクニも埼玉の事ではなく、

そのままサイと名前がついているではないか。

サイは言っていた。乗客によっては変わると。

乗っている乗客、要するに動物の種類によって降りる駅は変わるのか。

 

しかし、ヒトマノスミカは一体どういう場所なのだろう。

運賃は一体いくらになるのか。

100円でも降りられないとなると相当な何かを支払う必要があるのだろうか。

 

「次はーウミヒョウダニ、ウミヒョウダニ、

 お降りのアザラシはブザーでお知らせ下さい」

 

ブザーがなった。

 

親アザラシは子アザラシを抱き抱え、ゆっくりと席を立った。

無邪気な顔をする子アザラシ、その反面、母親は悲痛な面持ちだった。

そうだ、見落としていたが他の動物たちは一体何を支払って

このバスを降りているのだろうか。

金を持っているようには見えなかったが。。。

 

親アザラシが運転手に白い四角い何かを手渡していた。

何か見覚えのある形なのだが後部座席に座っていた為、遠くてよく見えない。

アザラシの世界のお金なのだろうか・・いや、そんなわけがない。

もしかして、子アザラシの体の一部か。

子アザラシの体毛は白い。そして、母親は悲痛な顔をしていた。

 

もしかして、このバスを降りるには

自分の1番大事にしていたものを差し出さなければいけないのではないか。

 

どうする、僕の一番大事なもの、一番大事なもの・・・

今ここで一番大事なものと言ったらMKS48の限定キーホルダーか?

いや、おばあちゃんからご縁があるようにと貰った

昭和24年の穴の空いていない5円玉か・・・?

いや、よく考えよう、そもそも昭和24年の五円玉に希少価値はあまりない。

 

となると、まさか、命を取られる可能性も・・・?

いやしかし、自分なんかの命をとったところで誰がなんの得をするというのか

 

「次はークビナガヤシキ、クビナガヤシキ、

 お降りのキリンはお近くのブザーでお知らせください」

 

やばい、もうこの駅を過ぎたらヒトマノスミカではないか。

何か一番大切なものを見つけないと・・・。

 

某お菓子のイメージキャラクターのようなキリンはバッグに忍ばせていた

棒状のお菓子をじゃが、ぼりと食べながら、ブザーを押した。

 

あのお菓子は、僕も知っている。食べたらキリがないやつだ。

 

クビナガヤシキの駅に着くとキリンもバスの出口に向かい、

アザラシと同じように白い四角いものを運転手に渡した。

 

白い、四角い?キリンにそんな部位あっただろうか。

目を凝らしてよく見てみる。

 

白い、手のひらサイズの直方体だ。

いや、よく見てみるとさっきのアザラシのとは違い、

十字に切れ込みが入っているように見える。

何かのマークを表しているのか。

分からない。一体なんなんだ。

 

「出発します」

 

キリンが降車し、乗客は僕一人になってしまった。

次が終点だ。その駅で僕は降りなければならない。何が待っていて、

僕は何を差し出さなければならないのか。

 

時間が少しずつ過ぎていくと共にパチパチと音が聞こえてきた。

運転席の方から。

それと共に何か焦げたような匂い。

僕が恐る恐る近づこうとした時

「ここから急なカーブがありますのでお席をお立ちにならないようお願い致します」

運転手の一声で僕は慌てて腰を落とした。

それと同時に急カーブに入り体が思い切り振られる。

 

外の景色を見てもカーブどころか道路も見えていないというのに、

一体どこを運転しているのだろうか。

 

「次はーヒトマノスミカ、ヒトマノスミカ。

 お降りの人間はお近くのブザーでお知らせください」

 

ついにきてしまった。ここが僕が降りなければならない場所。

・・・いや、ここで降りなかった場合はどうなるのだろうか。

分からない、この運転手にとって食われるのかそれとも・・・

少なくとも良い気分はしないであろうことを直感が告げていた。

僕は、大人しくブザーを押した。

 

僕は、何を差し出せば良いのだろう。

パチパチと弾ける音は運転席から聞こえる。何をやっているんだ。

揚げ物か・・・?

 

バスが次第に速度を落とし、いつの間にか

真っ黒の空間から真っ白の空間へと変わっており、

バス停がポツンと佇んでいた。

 

バスの動きが止まる。

運転手の無言の圧力が僕のいる後部座席まで届く。

 

僕は恐る恐る席を立ち、出口へと向かう。

「お金は、おもちですか?」

運転手が再び僕に聞いた。

僕はもう一度財布を出し、お金はこれしかないとアピールしようとした時、

財布の中から出てきたのは白くて、丸くずっしりと重い、

サイズ的には鏡餅の下段部分のような白い物体だった。

というかそれはまさしくお餅だった。

 

「お金は・・・おもちです」

運転手はそのお餅を僕の手から受け取ると嬉しそうに

運転席に置いてある七輪の網の上にのせた。

よくみると他の四角い白いものもお餅だった。

十字の切れ目の間からぷくーっと膨れている。

 

「君のはとても良い形をしている。次はもっと良い形になるよ」

運転手はそう言って僕をバスから下ろし、美味しそうに熱々のお餅を食べながら、バスを走らせた。

 

真っ白の空間、バスが去ってから音は一切しなくなっていた。

ただバス停と僕がポツンと立っているだけ。

 

しかし、呼ばれている気がする。

意識に呼びかけられている。

 

僕はその呼びかけのまま歩き出した。

 

その日は日曜日、僕は古くからの同期の友達と共に三件の飲み屋を梯子した。

ベロンベロンに酔っ払い、嫌なことも全て忘れて、

自宅に帰ったのは夜中の3時ごろだった。

千鳥足になりながらもなんとか家に辿り着くと自宅の扉が開いていた。

酔っ払っていてあまりに気にとめていなかった。

家の中に佇むそいつと出会うまでは。

 

そう、空き巣だった。酔っ払った僕は勢いでそいつを捕まえようとしたが

突き飛ばされ、そのまま。

 

歩くたびに、思い出されていく記憶。

そうか。僕は死んでいたのか。

 

振り返り、バス停を眺める。

僕をここに届ける為の終(つい)のバスは、もうとっくに見えなくなっていた。

 

この先は、何が待っているのだろう。

僕は自らの足で光の先へと進んでいった。